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最高裁判所第一小法廷 昭和47年(行ツ)38号 判決

東京都中央区宝町二丁目六番地

上告人

田中元彦

右訴訟代理人弁護士

笠利進

被上告人

右代表者法務大臣

田中伊三次

右当事者間の東京高等裁判所昭和四五年(行コ)第八三号過納税返還等ならびに租税債務不存在確認請求事件について、同裁判所が昭和四七年二月九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。

よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人笠利進の上告理由について。

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として首肯することができる。そして、原審の確定した事実関係のもとにおいて、本件修正申告および増差税額納付の行為は、訴外桑島敏明が、上告人の具体的指示または少なくとも包括的指示をうけて、代行したものであるとする原審の判断は正当であり、原審が右指示を与えた経過、日時、その内容等につきとくに具体的な認定を加えなかつたからといつて、原判決に審理不尽、理由不備の違法があるものとは認められない。なお、原審が昭和三八年二月末頃桑島が日本橋税務署に上告人の代理で出頭した旨認定している部分(原判決三丁裏参照)は、桑島が上告人の代理人であると称して出頭した旨を認定しているに過ぎないことは、判文上明らかであるから、右部分をもつて、桑島が上告人の正当な代理人として出頭したとの認定であると解し、これを前提に原判決を非難する所論は、採用することができない。また、控訴審が、第一審において措信した人証の供述部分を、右人証につきみずから再尋問することなく、措信しえないと判断したとしても、それは事実審たる控訴審の専権に属することであつて、そのことのみをもつて、控訴審判決を違法となしがたいことは、いうまでもない。

原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用するに足りない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)

(昭和四七年(行ツ)第三八号 上告人 田中元彦)

上告代理人笠利進の上告理由

第一点 原判決には審理不尽、理由不備の違法がある。

(一) 原判決は「被控訴人は、右修正申告書の提出および税金の納付は、いずれも被控訴人不知の間に桑島が無権限で行なつたと主張し、証人桑島敏明の証言(第一、二回)と原告本人尋問の結果には右主張に副う証言と供述があつて、中でも、桑島証人は、桑島がこれらを無権限で行なつた理由は、一つは、被控訴人は納税義務のないことを確信していたのに、日本橋税務署の見解はそれに反するものであつたから滞納処分に至ることを防ぐためであり、また一つは、桑島自身が被控訴人の株式売買資金をひそかに使用していたのでその露見を防ぐためであつた旨および一旦納税しても、当局に事情を話せば還付があるものと考えていた旨述べるのであるが、当裁判所は以下に説示するように、右証言供述を信用しがたいものと考える。」として、証人桑島と原告本人(上告人)の人的信ぴよう性につき不措信の判断をなしている。

ところで、原判決は「桑島が被控訴人の秘書役をはじめたのは昭和二〇年頃からであり、長年被控訴人の包括的または具体的指示のもとに、被控訴人の納税申告書の作成提出、税金納付……等を代行し……。」と上告人と証人桑島との関係につき事実認定をしたうえ、原判決は、甲第一号証、乙八、九号証と証人内山信美の証言および証人桑島の証言により、「桑島は昭和三八年二月末頃日本橋税務署に被控訴人の代理で出頭」したと事実の認定をしているのである。しかしながら、原判決は、証人桑島の代理権がいつ頃授与されたものであるか、又その授権の内容もしくは範囲はいかなるものであつたのか等の点については、全く判断をしていない。

思うに、証人桑島に本件修正申告に関し何らかの代理権があつたかいなかは、本件における重要なる争点であることは論を要しない。そもそも、本件修正申告に関し、日本橋税務署が一切の通知もしくは連絡を上告人本人に対してなしていないことは証人内山並びに証人湯浅も自認するところである。従つて、修正申告をなす意思を全く有していない上告人としては自らすすんで右桑島を本件修正申告に関し、使者又は代理人とすべき事情は存しないのである。証人内山信美も控訴審において「一般的に、調査の段階あるいは申告書提出のしようようの段階で、本人に直接連絡はしております」(控訴審における同証人の昭和四六年一〇月二〇日証人調書第二九項)と証言しているところに鑑みても、確定申告とは事情を異にする修正申告に関し税務当局より直接本人に通知、連絡のない本件において、本件修正申告書の提出された直前の昭和三八年二月末頃証人桑島が上告人の代理として日本橋に出頭したと認定しながら、原判決が、その代理権の授与の経過、授与の日時、授権の内容並びに範囲等についての判断にふれず、単に前記のとおり、「桑島は長年にわたり被控訴人の秘書役として被控訴人の包括的または具体的指示のもとに諸事務の代行をしてきた」旨の事実認定のみに止つたのは、当に原判決には審理不尽、理由不備の違法があるといわなければならない。

(二) 次に原判決によれば「本件修正申告をはじめ、多額の預金の払戻、税金の納付など、いづれも被控訴人の権利義務あるいは財産に重大な影響のある行為であるから、これらがすべて被控訴人に秘して行われるということ自体異常であるし、しかも桑島は長年右と同種の事務を被控訴人のため反復代行していて、この間格別の不都合があつた事実はあらわれていないのであるから、本件申告および納税のみが被控訴人の関知しないものである」ということも、特段の事情の認められない限り首肯できないところであるとしながら、原判決はいかなる事情が特段の事情と認めらるべきであるかについては明示をしないまま、証人桑島が上告人に無断で本件修正申告書を作成提出し 納付した経過についての同人の証言は信用しがたいとしてこれに不措信の判断をなした。

ところで、控訴審が記録のみからその証言もしくは供述を不措信なりとして、自らは職権による証人の再尋問及び本人尋問をもなさずして、判決の第一次基盤となつている一審の事実認定を排斥することは、果して許さるべきであろうか。節度ある合理的証拠裁判の法則に照して、許さるべきものではないと考える一九六四年一〇月一日、西独連邦裁判所判決が「控訴審が、証人の人的信ぴよう性につき一審と異なり不措信の判断をしようとするときは、原則として、その証人を再尋問して直接自己の心証を得べきものである」(判例時報昭和四五年二月一日発行第五七八号四五頁、最高裁昭和四四年(オ)第二四六号事件についてのコメント中の記載による)とするのも、事実審の自由心証による認定といえども、合理的疑点を残すものであつてはならないとするものである。

思うに、証人桑島については、第一審の三年に亘る審理において、二回も証人調がなされその結果第一審裁判所はその証言を措信したものであつて、このことに鑑み、控訴審が自ら証人の再尋問をして心証形成をなすことなく、その証言を軽々不措信なりとしたのは許さるべきものではない。ましてや、原判決は「税金の還付については全く桑島の予測に止まるまのであるから」としているところ、証人三岳の証言によると、具体的氏名を指して、当時国税庁審理課としては、上告人の場合における如き、株式売買益については当然課税さるべきではない、との意見であり、(証人三岳の証言速記録一三葉乃至一四葉)、又証人石川の証言にあるとおり、乙第六号証が国税庁審理課に提出されてから、その後各種書類を昭和四一年二月末日までの間同課より要求されるままに提出し、この間約三年の調査を経て、同課としてははじめて結論を見たとの事実(昭和四六年一〇月二〇日証人調書第四項乃至第六項に徴するならば、原判決が「単に桑島の予測にとどまる」としたのは軽々にすぎるというべく、原判決が、桑島の証言を排斥する以上、これらの点についても審理が尽さるべきものである。又、原判決は「証人桑島の証言中には、被控訴人に対する滞納処分を虞れた旨の部分があること前記のとおりであるけれども、もし被控訴人が納税義務あるにもかかわらず納税をしないならば、たとえ被控訴人自身は納税義務がないと確信していたところで、滞納処分をうけるに至ることは法規上明らかであつて、そのことは被控訴人が熟知している筈であるから、滞納処分を避けるため被控訴人に秘して納税する理由はないといつて差支えない。」というが、世上一般の者は滞納処分を虞れるのは通常のことであり、ましてや証人桑島の証言の一部にもあるとおり、税務署当局は証人桑島に対し、本件修正申告については時効の関係があること、本件修正申告書を提出しないときは直ちに更正決定、重加算税の賦課決定および強制執行(滞納処分)をなし、又一方、本件修正申告書が提出されるならば、昭和三四年、同三五年及び同三七年については不問にする等の詐欺・強迫的言辞を申しむけ、証人桑島はために気も転倒していた様な格好(第一審における昭和四三年一二月一三日証人桑島の証言速記録二一葉)であつたので、同人は、冷静な判断が困難であつた状態にあつたといわざるを得ない。これらの点につき、控訴審が直接自ら証人の再尋問をして心証形成をなさずして、その証言を直ちに不措信と判断したのは審理不尽・理由不備の違法が存するといわざるを得ない。

(三) 原判決は、結論として「桑島は被控訴人の具体的指示もしくは少くとも包括的指示を受けて、本件修正申告および納税を代行したものと認めざるを得ない。」として、上告人の請求を性急に排斥している。

しかしながら、いかなる具体的指示もしくは少くともいかなる包括的指示が上告人より桑島に対してなされたのか、又それはいつ頃いかなる経過の中になされたものであるのか、原判決はこの点について全く判断をしていない。このことは原判決には、当に理由不備の違法が存するといわねばならない。

第二点 原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる事実認定に関する法令の違背が存する。

そもそも事実審の自由心証による事実認定も、合理的疑点を残すものであつてはならない。このことは合理的証拠裁判の法則に照して当然のことである。

ところで、原判決は、証人桑島の証言並びに原告本人(上告人)の供述を信ぴよう性なしとして排斥している。このことを合理的証拠裁判の法則に照して考えるならば、前記西独連邦裁判所の判決も示すとおり、控訴審が証人の人的信ぴよう性につき一審と異なる不措信の判断をしようとするときは、原則として、その証人を再尋問して直接自己の心証を形成すべきものといわざるを得ない。この点で、原判決は採証法則もしくは事実認定の法令に違反し、その違反は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

以上要するに原判決は破棄を免れない。

以上

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